機関誌『唯物論』(44号〜66号)目次

『唯物論』66号(1991年)

『唯物論』66号  DL

特集

〈マルクス再読〉

「『聖家族』における疎外論」岩淵慶一

「『経済学・哲学草稿』と『ドイツ・イデオロギー』の分業概念の差異」田上孝一

「マルクス主義のパラダイム転換とパラダイム論のマルクス主義的転換」永井俊哉

「中国唯物論の新しい波」「訳者解説 われわれの時代の哲学の軌道転換―陳志良博士訪問―」山口勇

「実践範疇の再認識」陳志良「コメント・陳氏の唯物論理解について」島崎隆

 

研究論文

「現代思想家としてのミヒャエル・エンデ」瀬戸明

「自然科学と思想・社会」渋谷一夫

「弁証法への私の歩み」島崎隆

 

『唯物論』65号(1991年)

特集

「フェミニズムにおける〈二元論〉をめぐって」浅野冨美枝

「多元主義と倫理―A・へラーの近著について」前田庸介

「『ドイツ・イデオロギー』研究を回顧して」岩佐茂

「『経済学・哲学草稿』における疎外と私的所有の関係」田上孝一

「美学の唯物論的基礎づけに向けて」水野邦彦

「行動家としての古在由重―『書く』ことの意義」太田哲男

「人間の存在と意識における〈主体的モメント〉と〈客観的モメント〉とのかかわりについて―思想的自伝の試みその二」ゆかわやすお

 

研究論文

「分析的思考と弁証法的思考」J・ゼレニー

 

『唯物論』64号(1990年)

『唯物論』64号  DL

特集

〈社会主義のゆくえとマルクス主義哲学―いま転換すべき根本原理は何か〉

「権力批判としての理論的想像力」照井日出喜

「生産力と生産関係―エンゲルス資本主義認識の盲点」平子友長

「新しい社会主義の諸要素」石井潔

「大衆市民社会と市民的マルクス主義」今井秀実

「マルクス主義の解体と再生―パラダイムの根本転換は可能か」瀬戸明

 

研究論文

「〈主体的モメント〉と〈客体的モメント〉とのかかわりについて―思想的自伝の試み」ゆかわやすお

「豊かな生への都市の可能性(続)―地域の論理」市川達人

「環境問題をめぐる共同性と主体」市原あかね

「日本における哲学的思考の形成」S・リヒター

「コトバ・思考と弁証法」大久保忠利

 

『唯物論』63号(1989年)

『唯物論』63号  DL

特集I

〈歴史と進歩〉

「歴史とは何か―核時代のための予備的考察」芝田進午

「『新しい世界史』とは何か」小谷汪之

特集II

〈現代の解放理念とマルクスの思想その二〉

「討論解放の理念と科学主義(上)―J・Dバナールによせて」後藤道夫

「ヴィトゲンシュタインとマルクス―その同一性と差異」島崎隆

「ポストモダンと生活世界の主体」豊泉周治

 

研究論文

「もう一つの馬鹿話」岩淵慶一

「グルック『アウリスのイフィゲニア』鑑賞記」渋谷治美

 

『唯物論』62号(1988年)

『唯物論』62号  DL

特集
〈現代の解放理念とマルクスの思想ーー現代思想における唯物論ーー〉
「マルクス主義の新しいパラダイムとはなにかーー〈疎外-物象化〉視座を中心に」瀬戸明
「階級分裂と平等の理念」中西新太郎
「科学主義と政治的解放の理念ーーM・ホルクハイマー『理性の腐蝕』について」福山隆夫
「ハーバーマスとマルクス主義ーーアグネス・ヘラーとの討論を中心に」庄司信
「芸術と「解放」」照井日出喜
「マルクスの自己意識論」渡辺憲正

研究論文
「現代においてロビンソンすること」岩尾籠太郎

 

『唯物論』61号(1987年)

『唯物論』61号  DL

特集

〈現代社会批判と史的唯物論の有効性――今日における『人間の全体的解放』とは何か〉

「唯物史観をどう再構築すべきか(その二)―『経済的社会構成体』概念を中心に」瀬戸明

「民主主義概念の哲学的検討のために―G・ルカーチのマルクス主義的民主主義論によせて」福山隆夫

「マルクスの思想における『全体的人間』―技術主義と享楽主義を超えて」森下直貴

「アドルノと唯物論―隠された自然への眼差しとしての否定的弁証法」上利博規

 

研究論文

「今西錦司氏の進化論について」稲生勝

「『哲学の諸問題』誌(ソ連)一九八六年度目次」島崎隆

 

『唯物論』60号(1986年)

『現代社会とマルクス主義の自己診断』(梓出版社、1987年)―「現代社会をいかにとらえるか―書簡による対話 転換期の哲学とは?」佐藤和夫・吉田傑俊

 

研究論文

「文化、人間、社会を考える〈芸術〉のアポリア〈綜合〉への憧れ――『綜合芸術』概念の諸相と『美学批判』への道」長田謙一

「『日本文化』論と宗教・道徳」山口和孝

「サルが人間になるにあたっての幼形成熟と女性の役割―エンゲルスの人類起源論の批判的検討―」志田昇

「行動研究の課題としてのコミュニケーション」水原洋城

「現代における“活きる力の獲得”と教育の力」今井秀実・尾関周二

「現代テクノロジーと《大量生産―普遍的市場》構造」斉藤吉広

「マルクス主義の方法を考える 主体―客体および主体―主体の弁証法」岩崎允胤・岩佐茂

「もっと目を凝らして―〈古典の読みかた〉考」秋間実

「唯物史観をどう再構成すべきか―『経済学批判』序言の定式を中心に」瀬戸明

 

『唯物論』59号(1985年)

特集

〈人間観の再構築へむけて〉

「巻頭言」 高田求

「人間(ヒト)と自然の社会化」小原秀雄

「バイオテクノロジ―と人間観」川口啓明

「人間解放と性―セクシュアリティとジェンダ」市川達人

「人間にとってスポーツとは何か」唐木国彦

「人間観の文学的側面のために―戸坂潤と中村雄二郎」村本敏

「宗教は宗教であるが故に幻想か―宗教者との対話・宗教の唯物論的理解への一視点」亀山純生

「病気と障害をめぐるイデオロギー―教育における能力問題への接近のために」竹内章夫

「問題群としての不登校・『登校拒否』―現代の人間観へのささやかな問題提起」中山一樹

「唯物論的人間学の構想の試み」渋谷治美

 

研究論文

「唯物論者と言語・序説―たたかう唯物論者へ言語関心を求めて」大久保忠利

「哲学者としてのレーニン(二)―アルチュセール哲学の視点から」鈴木裕

「エコロジーを前にした二つのマルクス主義」細川真佐人

 

『唯物論』58号(1984年)

『唯物論』58号  DL

特集

〈エコロジーとマルクス主義〉

座談会(粟田賢三・山本剛・佐藤春吉・古茂田宏)

「イデオロギー闘争における二つの潮流とエコロジズム」山本剛

「マルクス主義の富と生産力概念の再検討」佐藤春吉

 

研究論文

「哲学者としてのレーニン(一)―D・ルクール『危機とその賭金』による」鈴木裕

「史的唯物論は経済決定論か」瀬戸明

「パラダイム論をめぐって―パラダイム論と理念の問題第二部」仲本章夫

 


『唯物論』57号(1983年)

『唯物論』57号  DL

特集

〈言語と弁証法〉

「意識とことば」寺沢恒信

「寺沢論文へのコメント」尾関周二

「現代における文体と思想の問題」高田求

「ロックにおける論理学の革新―『人間悟性論』第三巻言語論を中心に」古茂田宏

 

研究論文

「産業ロボットと生産のME化」鳥居広

「『パラダイム論』の批判的検討―パラダイム論と理念の問題・第一部」仲本昭夫

「《『実践的唯物論』論争》岩瀬氏の御批判に答える」島崎隆

 


『唯物論』56号(1982年)

『唯物論』56号  DL

特集

〈現代文化批判の視角と方法〉

「言語・実践・弁証法をめぐって」尾関周二・佐藤和夫

「交通・学習・健康の政治学」岩尾龍太郎

「あれかこれか? 女性問題によせて」石川伊織

「神道的世界観の批判」稲葉 守

 

研究論文

「『実践的唯物論論争』によせて」岩瀬充自

「自主管理の基本諸問題覚え書き」岩淵慶一

「南泉の鎌子話は無理会話か」渋谷治美

 


『唯物論』55号(1981年)

特集

〈『実践的唯物論』論争〉

「実践的唯物論」と「弁証法的唯物論」北村実

「『フォイエルバッハ論』と『テーゼ』とのあいだ―主体ー客体(実践)弁証法の哲学的性格の問題をめぐって」清眞人

「哲学の根本問題と実践的唯物論」佐藤春吉

「実践的唯物論および哲学の根本問題に関する一試論」島崎隆

「実践的唯物論とはなにか―『フォイエルバッハ・第一テーゼ』を中心に」瀬戸明

「核兵器廃絶・恒久平和をめざして―実践的唯物論の前進のために」岩崎充胤

 

研究論文

「カントにおける人間の存在・自由・価値―その二」渋谷治美

「初期ルカーチの倫理学論稿群について」福山隆夫

 


『唯物論』54号(1980年)

『唯物論』54号  DL

座談会

「自然と人間―自然科学的人間像と哲学的人間観との接点を求めて」

吉田邦久(生物学)・海部宣男(天文学)・長沼真澄(哲学)

 

研究論文

「ロシア革命的民主主義者における弁証法―エス・ア・ドブロリュ―ボフ『オブローモフ』論の方法」稲葉守

「ヘーゲル法哲学と論理学の関係―反省の止揚と国家」国枝浩

 

研究ノート

「生活方法論の試み」早川紀代

 


『唯物論』53号(1979年夏)

『唯物論』53号  DL

座談会

「現代の子ども認識をめぐる諸問題―教育学と哲学の対話」

坂元忠芳・山科三郎・吉田千秋・後藤道夫(司会)

 

研究論文

「唯物論における宗教理解の試み」田平暢志

「ルソーにおける『感覚』と『観念』」古茂田宏

「ヘーゲル疎外論研究」片桐博

「等価変換についての市川理論とurbildliches DenKen」杉田元宜

 


『唯物論』52号(1978年夏)

『唯物論』52号  DL

座談会

「転換期における唯物論と哲学教育」

芝田進午・高田求・中村行秀

 

研究論文

「グラムシの創造性に関する一考察」清眞人

「カントにおける人間の存在・自由・価値―その一」渋谷治美

「マルクスのヘーゲル法哲学批判―〈民主制〉論から〈人間開放〉論への転換について」渡辺憲正

 


『唯物論』51号(1978年春)

座談会

「唯物論・自由・弁証法」

石井伸男・後藤道夫・佐藤和夫・島崎隆・平子友長・中西新太郎・清眞人(司会)

 

研究論文

「『精神現象学』と『論理学』・序論」松村健吾

「マルクスの社会主義像と結合生産様式論」中西新太郎

「ドイツ民主共和国を訪ねて」岩崎充胤

「ある社会科学者への手紙―自然弁証法を中心に」杉田元宜

「日本人のモラルについて―その唯物論的考察」笠井忠

 


『唯物論』50号(1977年夏)

座談会

『現代の唯物論研究』(合同出版、1977年)―「唯物論の現代的課題をめぐって」

犬丸義一・河村 望・大沼正則・秋間 実・中村行秀

 

研究論文

「近代市民社会における弁証法と唯物論」佐藤和夫

「ヴィンケルマンと古代ギリシャの再生」岩崎允胤

「民主主義と自由にかんする覚え書」湯川和夫

「機能と構造」柳田謙十郎

「感覚と実践」喰代驥

「認識論としての弁証法」高田求

「科学と方法をめぐる対談」井尻正二・許萬元

「論理的矛盾と現実的矛盾」仲本章夫

「機械についての一論考」馬場正孝

「現代認識論の基本問題」瀬戸明

「ヘーゲルの『大論理学』の初版について」寺沢恒信

「思想運動としての『マルクス主義研究セミナー』」芝田進午

「主体性論争と今日の課題」北村実

「辞書をよむ」村上嘉隆

 


『唯物論』49号(1976年春)

『唯物論』49号  DL

「科学的思考と反映」杉田元宣

「現実的矛盾と唯物弁証法」白須伍男

「戸坂潤の思い出」粟田健三

「『基本的人権』と『哲学』」石井伸男

「問題意識論の素描」大枝秀一

「唯物論研究者の全国組織について(エッセイ)」中村行秀

 

『唯物論』48号(1975年秋)

『唯物論』48号  DL

「素材実在論の再評価」喰代驥

「『ドイツ・イデオロギー』における疎外論の発展」岩淵慶一

「ヘーゲルにおける所有論の問題」平野英一

「マルクス主義における科学とイデオロギー ーールイス・アルチュセール論争の総括ーー」北村実・石川光一・清真人

 

『唯物論』47号(1974年秋)

「国家と民主主義に関する覚え書」湯川和夫

「マルクスと自由主義的経験論」村上嘉隆

「哲学活動の諸課題について」高田求
「ルカーチ晩年の思想と人間的なもの」佐藤和夫
「事実と現実ーーー映画『小林多喜二』の感想ー」稲葉守
「エッセー」北村実
「技術史の方法をめぐって」馬場政孝

 

『唯物論』46号(1974年春)

『唯物論』46号  DL

「マルクス主義における哲学の意義と哲学者の存在」北村実

「空間と時間の弁証法」畔上道雄

「エンゲルスの自然感における哲学的唯物論の不徹底について(下)」後藤道夫

「ルソーの市民社会論」市川達夫

「望月清司『マルクス歴史理論の研究』に関する批判的覚え書き」石井伸男

 

『唯物論』45号(1973年春)

「ヘーゲル美学における「自然美」の問題」稲葉守

「エンゲルスの自然感における哲学的唯物論の不徹底について(上)」後藤道夫

「コトバの発達理論に関する研究ノート」下川浩

「”経済的社会構成体のカテゴリー”ーー一つの文献考証の試みーー」大枝秀一

「〈研究短信〉「情報」について」吉野正敏

「伝統憧憬と創造ーー「方丈記私記」を中心にーー」広橋玲

 

『唯物論』44号(1972年春)

『唯物論』44号  DL

「マルクスにおける道徳理論 道徳概念の唯物論的規定の試み(下)」木下英夫

「ヘーゲルの反省の論理ーーその唯物論的摂取のためにーー」石井伸男

「竹内良知の「マルクス主義の哲学と人間」について」畔上道雄